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東京地方裁判所 昭和58年(特わ)2260号 判決

裁判所書記官

久保田堅蔵

本籍

愛知県半田市住吉町六丁目一〇六番地

住居

東京都杉並区久我山三丁目四三番一二号

会社役員

多米田宏司

大正一〇年八月三一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官上田勇夫出席の上審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

一、被告人を懲役一〇月及び罰金一、一〇〇万円に処する。

二、被告人において右罰金を完納しえないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三、被告人に対しこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は株式会社日本橋工業所の取締役としてその経営に従事するかたわら商品先物取引を行っているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、商品取引清算益にかかる収入を全部除外する方法により、昭和五六年分の実際総所得金額が九、九八六万七、二四〇円あった(別紙修正損益計算書参照)にかかわらず、同年分の総所得金額が五〇一万二、四〇〇円で所得税額は源泉徴収税額七一万八、四〇〇円を控除するとかえって一九万〇、九一〇円の還付を受けるべきこととなる旨ことさら虚偽過少の所得金額及び税額を記載した所得税確定申告書(昭和五八年押第一四〇七号の1)を作成し、昭和五七年三月一〇日、東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号所在の所轄萩窪税務署において、同税務署長に対してこれを提出し、もって右不正の行為により昭和五六年分の正規の所得税額五、八八二万〇、六〇〇円と右申告税額との差額五、九〇一万一、五〇〇円(別紙税額計算書参照)を不当に免れたものである。

(証拠)

以上の事実は

一、被告人の当公判廷における供述及び検察官に対する供述調書(四通)

一、押収にかかる昭和五六年分所得税確定申告書一袋(昭和五八年押第一四〇七号の1)

一、証人飛嶋保の当公判廷における供述及び検察官に対する供述調書

一、多米田稔の検察官に対する供述調書

一、大蔵事務官作成の調査書七通

を総合してこれを認める。

なお、弁護人は、被告人が昭和五六年分の所得税確定申告書において商品先物取引益を全く除外して過少申告したのは、被告人が同年において商品先物取引益があってもこれを全て次の商品先物取引の資金に運用していたのでまだ不確実な利益にすぎず、この利益が将来確定的に自己に帰属した場合にその年度の所得として申告納付すれば足り、昭和五六年にはまだ課税対象とすべき所得には該当していないものと考えていたことによるのであって、被告人は他には所得の仮装隠ぺい等の何らの工作をもしていないから、被告人の右所為はほ脱の意思の伴わない単純過少申告行為であるにすぎない旨主張しているので、この点について判断を示しておくこととする。

前掲関係証拠によれば、(一)被告人は立教大学経済学部を卒業した後多年にわたり第一勧業銀行に勤務し本店業務第二部長となったが、その後出向して不動産業を営む山万株式会社専務取締役、株式会社東京トロイ、株式会社ウイダレインの取締役を経て本件当時は株式会社日本橋工業所取締役会長、第一地所株式会社及び株式会社第一勧銀ハウジングセンターの顧問として給与所得を得ており、かたわら、昭和五〇年ころから商品先物取引をはじめ、昭和五一年一一月からは岡地株式会社の外務員飛嶋保を通じ同社に委託して取引していたものであって、このような被告人の経歴からして被告人は所得税に関する相当の知識を有していたと認められること、(二)被告人は商品先物取引で利益のあった昭和五六年一〇月はじめころ、築地の料亭「たか浜」で、岡地株式会社の杉江業務部長、飛嶋外務員らを接待したことがあり、その席上で杉江が被告人に対して、商品先物取引による利益は株式売買益の場合と異なり全部課税対象となる旨述べたことがあり、またそのころ、この事が被告人と飛嶋外務員との間でも話題になり、被告人は商品先物取引益が所得税の課税対象となるものであることを飛嶋から確認していること、(三)商品先物取引益は不確実なものでこれを更に次の取引の資金として運用している限り課税対象たる所得とはいえないとの考えは明らかに不合理であって前記のような経歴をもち税に対する知識も豊富と認められる被告人が真実そのように考えていたとは認めがたいこと、(四)被告人は自己の行なっていた商品先物取引の状況及びその損益について遂一日記につけ、その損益の状態を正確に把握し、昭和五六年には判示の商品先物取引益があり、商品先物取引を始めて以来の累計の損失を差引いてもなお五、四三〇万円余残ることを知悉していたものであること、以上の各事実を認めることができる。そこで以上の事実に鑑みれば、右商品先物取引益による雑所得を全部除外した被告人の過少申告行為時これが所得として課税の対象となるものであることを知悉しながら、その所得税を免れるため、ことさら除外してなされた虚偽過少の申告行為であって、被告人に所得税逋脱の故意があったことは明らかであるといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示行為は所得税法二三八条一項に該当するので所定の懲役刑と罰金刑とを併科することとするが、右は免れた所得税の額が五〇〇万円を超える場合であるから情状により同条二項に従い罰金額は免れた税額以下とし、その刑期、罰金額の範囲内で被告人を主文第一項の刑に処し、刑法一八条により右罰金を完納しえないときは主文第二項のとおり被告人を労役場に留置し、情状に鑑み右懲役刑については刑法二五条一項により主文第三項のとおりその執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は昭和五六年分の所得税五、九〇一万一、五〇〇円を逋脱したものであるが、その態様は逋脱の意思をもってする虚偽過少の申告行為であって、それ以上の所得秘匿工作には及んでいないこと、本件の場合所得税法上損失の繰越は認められらいけれども被告人が商品先物取引を始めて以降の損失を累計すれば昭和五〇年から昭和五五年まで損失が続き合計四、一〇三万円余にも達していたものであること、被告人は本件発覚後修正申告をなし、分割納付をすすめていること、被告人には何らの前科前歴がないこと、その他被告人の年令、身体障害者を抱えた家庭の状況、反省の程度等本件事案の審理に顕れた一切の事情を総合斟酌し、主文のとおり量刑した。(求刑 懲役一〇月及び罰金一、五〇〇万円)

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 池田真一)

別紙 修正損益計算書

多米田宏司

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

別紙

税額計算書

多米田宏司

昭和56年分

〈省略〉

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